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『恋には経験というものはない。 なぜなら、そのときにはもう恋していないのだから。』



『恋には経験というものはない。 なぜなら、そのときにはもう恋していないのだから。』
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  • 軽妙?。ただそれだけ?。

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(アンリ・ド・レニエの他の言葉)
  1. 男がもっとも情を込めて愛している女は 必ずしも一番愛したいと思っている女ではない。
  2. 恋の灯は時として友情の灰を残す。
  3. 愛情と欲情が溶け合ったときには、 恋愛はほとんど友情に近い穏やかさをおびる。
  4. 恋愛は永遠である。それが続いているかぎりは。
  5. 友情は永続的なものの感情を与え、恋愛は永遠的なものの感情を与える。 しかし、両者とも後に残るのものはエゴイズムだけである。
  6. 女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。
  7. 恋には経験というものはない。 なぜなら、そのときにはもう恋していないのだから。
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『人々はお金で貴いものは買えないという。 そういう決り文句こそ、貧乏を経験したことのない何よりの証拠だ。』


人々はお金で貴いものは買えないという。 そういう決り文句こそ、貧乏を経験したことのない何よりの証拠だ。
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  • 辛辣な指摘だ。「金で買えないものもある」。「金で買えないものはない」。どちらが真実であろうが、貧乏人にとっては如何でもいい話なのだ。そもそも金がないのだから。貧乏人から見れば五十歩百歩の世界だろう。貴くも何でもない金に毒された世界。かな。
  • 作家にリアリティを求める観点からすると、底辺社会を理解しない作家を罵っているのかな。
  • しかし、逆も同じだろう。貧乏人は裕福な世界を理解できない。結局、作家先生は何処まで行っても真実を超える空想に頼るしかない。
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『頭のいい人は恋が出来ない。恋は盲目だから。』


頭のいい人は恋が出来ない。恋は盲目だから。

  • 寺田寅彦
  • 1878/12/28-1935/12/31
  • 物理学者・随筆家
  • 高知県出身
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  • 恋は盲目とは後先考えないで人を好きになることだがそのスイッチは突然入れられる。頭の良し悪しは関係ないはずだ。
  • 常に冷静に身構えている人、感情を抑制することを価値とする人、その手の人もスイッチが入れば其れまでだ。
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『みずから苦しむか、もしくは他人を苦しませるか。 そのいずれかなしに恋愛というものは存在しない。』


みずから苦しむか、もしくは他人を苦しませるか。 そのいずれかなしに恋愛というものは存在しない。
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  • 恋愛が成就しようが成就しまいが、人の心は高まりやがて冷めていくものだ。片思いであれ、相思相愛であれ、踏む過程は同じだ。片方が嫌悪を持つ場合であってもだ。感情の高まりが同期していても同期していなくても、相互に影響しあうから複雑なゲームに見えても単純な構造に変わりない。
  • 恋愛の本質は何か?なぜ苦しむのか?。男は男に欠けるものを女に求め、女は女に欠けるものを男に求めるという分かるようで分からない理屈はよく聞く。種または個体の上昇にたいする欲望だが、恋愛を説明することは難しい。
  • 感情支配(?)と言うゲーム。これが恋愛の正体。感情支配はテクニカルな側面でも難しさ(逆に言えば面白さ)があるが、支配するプロセスはどこかで飽和するという致命的な側面を持つ。この飽和は健全で恋愛を終了させ仕事、生活、子育てなどに関心は移る。飽和させない手段は心中だ。
  • 感情支配ゲームの特徴は双方における不確定性。時間と距離の役割も気まぐれだ。早い話、ゲームをコントロールするのが如何にも難しい。
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『恋愛は永遠である。それが続いているかぎりは。』


恋愛は永遠である。それが続いているかぎりは。
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  • 恋愛は永遠を誓う至上の心情であるけれど、永遠に続く恋愛は容易でない。まあ、永遠なんて言葉を持ち出せば、穏当のことは誰にも分からなくなるものだ。一生愛し続けることなら少しは現実性が出てくるね。
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(アンリ・ド・レニエの他の言葉)
  1. 男がもっとも情を込めて愛している女は 必ずしも一番愛したいと思っている女ではない。
  2. 恋の灯は時として友情の灰を残す。
  3. 愛情と欲情が溶け合ったときには、 恋愛はほとんど友情に近い穏やかさをおびる。
  4. 恋愛は永遠である。それが続いているかぎりは。
  5. 友情は永続的なものの感情を与え、恋愛は永遠的なものの感情を与える。 しかし、両者とも後に残るのものはエゴイズムだけである。
  6. 女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。
  7. 恋には経験というものはない。 なぜなら、そのときにはもう恋していないのだから。
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『自分を憐れむという贅沢がなければ、 人生なんていうものには耐えられない場合がかなりあると私は思う。』


自分を憐れむという贅沢がなければ、 人生なんていうものには耐えられない場合がかなりあると私は思う。
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  • どういうことなんだろう?。分かり難い。
  • 自分を哀れむとは自分を客観視していることだから、まだ精神的な余裕がある?。それを贅沢という?。哀れな自分と哀れむ自分を分離することでようやく耐えることできる究極の苦痛状態。
  • 自分の苦痛を他人に話すことで客観視が出来る。ひと時、苦痛から逃れることが出来る。話好きは賢い。無口な人の苦しみは増殖する。本を書くのは苦痛からの回避策だろう。

(その他)
  • 人々はお金で貴いものは買えないという。 そういう決り文句こそ、貧乏を経験したことのない何よりの証拠だ。
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『女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。』


女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。
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  • そんなの今の時代なら常識でしょう。男性も同じことだ。当時は新しい視点だったのかな。
  • 自分の身体に不調があれば自分を見るために鏡を使うが、他人と会うときには見られ方の確認のために鏡を使う。デジカメもあればビデオも有る。
  • 心得るべきは着眼とk発想の部分だ。物理的な状況でなく心理的な状況に着眼することは、今でも重要。動機。行動原理。
  • 人間の振る舞いは全てに理由がある。のかな?
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※他の言葉※
  1. 男がもっとも情を込めて愛している女は 必ずしも一番愛したいと思っている女ではない。
  2. 恋の灯は時として友情の灰を残す。
  3. 愛情と欲情が溶け合ったときには、 恋愛はほとんど友情に近い穏やかさをおびる。
  4. 恋愛は永遠である。それが続いているかぎりは。
  5. 友情は永続的なものの感情を与え、恋愛は永遠的なものの感情を与える。 しかし、両者とも後に残るのものはエゴイズムだけである。
  6. 女性が鏡に映して自分を見るのは、自分の姿を見るためでなく、 自分がどんなふうに他人に見られるかを確かめるためだ。
  7. 恋には経験というものはない。 なぜなら、そのときにはもう恋していないのだから。
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『教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。』


教えることのできない子供というものはない。あるのは子供達にうまく教えられない学校と教師だけである。
  • どっちのMアドラーですか?アメリカのアドラーでしょう。オーストリアのアドラーは思想家かな。住む世界が違う感じ。
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  • 分かるようで分からない言葉。結局「うまく教えられない」と言っているのかな。いい師匠にめぐり合えるかどうかが運命の一端を決めるのは間違い無さそうだ。
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「心のビタミン」はCheck*Padモーニングサービスの一部を収録しています。チェックパッドがどこから収録しているかは分かりません。ぱらぱら眺めるだけで気分転換になります。⇒(追記)現在はそのようなサービスは終了したのでしょうか見当たりません。

索引ラベル(+)はWikipediaの日本語ページ、英語ページのタイトルを採用する。未収録の場合は適当。


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名言 格言 一言
Mental Vitamin 心のビタミン
kotobanokokoro

☆☆☆

心のビタミンは子供の自由教材として見てもなかなか面白い。もちろん、ビジネスマン(ビジネスウーマン)の研修教材として見ても十分。年代・世代を超えて訴えてくるメッセージをそれぞれどう受け止めるか、その時の心模様~時代背景が微妙に反映されて興味は尽きない。

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