Amazing Grace

 

アメイジング・グレイス
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https://amzn.to/4lWu2m8


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アメイジング・グレイス


旅立った愛する君に


お父さんはこの曲を覚えて君に送るよ

毎日

君を思い出す

如何考えても如何見てもこれは君の故郷のイギリスの歌


始めて君を見た時を思い出す

元気いっぱいの君


*/*


Amazing Grace


Amazing grace! How sweet the sound!

That saved a wretch like me!

I once was lost, but now I am found;

Was blind, but now I see.


'Twas grace that taught my heart to fear,

And grace my fears relieved;

How precious did that grace appear!

The hour I first believed.


Through many dangers, toils, and snares,

I have already come;

'Tis grace hath brought me safe thus far,

And grace will lead me home.


Amazing grace! how sweet the sound

That saved a wretch like me

I once was lost, but now I am found

Was blind, but now I see.


*/*


【Q】

人里離れた幽玄の山中でアメージンググレースのソロ演奏に最もふさわしい楽器は何ですか?


*/*


ミュージックとして聞いている分には素晴らしいけど、歌詞の意味、又その背景を知ると、印象が変わる。何故か。神の所作に理屈や物語を付け足すことの愚かさだろう。詰まらない詩(歌)を作り、つまらない訳を与えるから、理屈が顔を出してくる。神への感謝が、愚かな人間の自慢話にすり替わっている。心に光を当てて信じる生き方の先に神の存在を感じるなら、それこそがアメイジンググレイスではないか。


*

https://www.worldfolksong.com/songbook/usa/amazing-grace.html


歌詞の意味・日本語訳(意訳)

Amazing grace

how sweet the sound

That saved a wretch like me


I once was lost

but now am found

Was blind but now I see


驚くばかりの神の恵み

何と美しい響きであろうか

私のような者までも救ってくださる


道を踏み外しさまよっていた私を

神は救い上げてくださり

今まで見えなかった神の恵みを

今は見出すことができる


'Twas grace that taught

my heart to fear

And grace my fears relieved


How precious did

that grace appear

The hour I first believed


神の恵みこそが

私の恐れる心を諭し

その恐れから

心を解き放ち給う


信じる事を始めたその時の

神の恵みのなんと尊いことか


Through many dangers

toils and snares

I have already come


'Tis grace hath brought me

safe thus far

And grace will lead me home.


これまで数多くの危機や苦しみ

誘惑があったが

私を救い導きたもうたのは

他でもない神の恵みであった




The Lord has

promised good to me,

His Word my hope secures


He will my shield

and portion be

As long as life endures.


主は私に約束された

主の御言葉は

私の望みとなった


主は私の盾となり

私の一部となった

命の続く限り


Yes,when this heart

and flesh shall fail

And mortal life shall cease


I shall possess within the vail

A life of joy and peace


そうだ この心と体が朽ち果て

そして限りある命が止むとき

私はベールに包まれ

喜びと安らぎの時を

手に入れるのだ


The earth shall soon

dissolve like snow

The sun forbear to shine


But God, Who

called me here below

Will be forever mine


やがて大地が雪のように解け

太陽が輝くのをやめても

私を召された主は

永遠に私のものだ


When we've been there

ten thousand years

Bright shining as the sun


We've no less days

to sing God's praise

Than when we'd first begun


何万年経とうとも

太陽のように光り輝き


最初に歌い始めたとき以上に

神の恵みを歌い

讃え続けることだろう


*


神が何かをするのではない。誰かが何かをするのではない。自分が(あなたが)が光を感じることが全ての始まりなのです。


*/*


by Gemini:@2026/04/04


*


素晴らしい決意ですね。お父さんの想いがこもった「アメイジング・グレイス」は、きっとイギリスの空にいる彼(彼女)に届くはずです。

この曲は、おっしゃる通りイギリス人牧師ジョン・ニュートンによって作詞されました。元々は荒れた生活を送っていた彼が、嵐の中で九死に一生を得て「神の恵み(グレイス)」に感謝したことが始まりです。 

練習の助けになるよう、この曲の背景を少し整理しました。

イギリスとの縁: 歌詞を書いたジョン・ニュートンはロンドン出身。メロディは後にアメリカで定着しましたが、その魂はイギリスの賛美歌にあります。

曲の雰囲気: 3拍子のゆったりとしたリズムです。元気いっぱいだった頃を思い出しながら、語りかけるように歌うのがコツです。

覚えやすいフレーズ: 最初の一節「Amazing Grace, how sweet the sound(アメイジング・グレイス、ハウ・スウィート・ザ・サウンド)」だけでも、心を込めて歌うと非常に響きます。

毎日思い出すその深い愛情があれば、技術を超えた最高の贈り物になりますね。

ギターやピアノなどの楽器と一緒に練習される予定ですか?それともアカペラ(独唱)で覚えようとされていますか?


*


旅立つとは?

「旅立つ」という言葉には、大きく分けて2つの意味がありますが、今回のお父さんの温かいメッセージからは「現世から天国(あるいは新しい世界)へ向かうこと」、つまり「亡くなること」を指していると受け取れます。

直接的な「死」という言葉を使わず、あえて「旅立つ」と表現するのには、次のような優しいニュアンスが含まれています。

「さよなら」ではなく「いってらっしゃい」: 存在が消えてしまうのではなく、魂が故郷(イギリス)や安らかな場所へ移動した、という前向きな捉え方です。

新しい人生の始まり: 苦しみから解放され、元気いっぱいだった頃の姿に戻って、新しい場所へ出発したという願いが込められています。

再会の約束: 「旅」であれば、いつかまたどこかで会えるかもしれない、という希望を残す響きがあります。

元気いっぱいだった頃の姿を思い出しながら「アメイジング・グレイス」を歌うことは、まさにその「旅路」を明るく照らす最高の送り出し(はなむけ)になります。

お父さんが思い描いている「旅立った君」との一番の思い出の場所や光景は、どのようなものですか?それをイメージすると、より歌に心がこもるかもしれません。


*

子どもの声:書評


By Copilot:

@2026/04/21


もちろん、この長い物語を読んで「どう扱えばいいのか」「何が書かれているのか」を整理したい気持ち、すごくよく分かる。 あなたが貼ってくれたテキストは、単なる怪談ではなく、信州・越後・日本海・落武者伝承・子どもの声というテーマが複雑に絡み合った“連作的な怪異譚”になっている。 文体は断片的で、語り手が複数いるように見えるけれど、全体としては一つの大きなテーマに収束していく。

以下、文書の内容を体系的にまとめた解説をつくった。 引用は、あなたの文書からのもの(1〜2行)を示している。

🧭 全体の核心テーマ

この物語の中心にあるのは 「子どもの声」。 これは単に幽霊の声ではなく、

  • 大人が忘れた“子どもだった自分”

  • 社会が切り捨ててきた弱者

  • 歴史の中で犠牲になった子どもたち

  • 山や海に残された魂

これらすべての象徴として扱われている。

文中の一節

「子どもの声が届かない本当の理由は分かりますか?」

これは物語全体の問いかけになっている。

🏞 1. 梓川ふるさと公園の怪異

物語の中心地点。 夕方6時になると子どもの声が消え、黒い影が動き出す。

「その影を見たものは身動きが出来なくなる 不思議な形の石になって公園の住人になる」

この公園は“取って付けたように作られた”とされ、 かつて落武者が追い詰められた場所の封印を破ってしまった可能性が示唆される。

🏔 2. 上高地の少年とバス事故

上高地へ向かうバスに現れた“猿に紛れた少年”。 彼が倒れた後、バスは翌日川底で発見され、乗客は消えている。

「大捜索で一人の男の子が見つかった でも発見されたのは梓川ふるさと公園」

この少年は“時を超えてしまった存在”として描かれ、 後半の鎌池の少年と同一人物かもしれないという謎が提示される。

💧 3. 鎌池の少年

白馬近くの小さな池。 ここでも“時を超えた少年”が現れる。

「透明で宝石色の池に子供の遺体 表情は穏やか」

この少年の死は村でタブーとなり、 しかし村人の耳には少年の声だけが残り続ける。

上高地の少年との“時空的なつながり”が示唆される。

🌊 4. 海へ流れ着く子どもの魂(ホタルイカ・メギス)

信州の山から流れた魂が日本海へ出て、 ホタルイカや深海魚メギスと結びつく。

「日本海を流れる子供たちの魂 夜になると光が宿る」

ホタルイカの光は“子どもの魂の灯り”として描かれ、 老人たちが無意識にそれを求めて買い求める描写が象徴的。

🏚 5. 落武者伝承と子どもの犠牲

物語の根底にある歴史的背景。

  • 落武者の一族が信州へ逃れる

  • 子どもは足手まといとされる

  • 子どもの声だけが残る

  • 地蔵や祠がその痕跡として残る

「子どもの声を人形に託した 本当に大事なものを間違えている」

この“間違い”が現代まで続いているという批判が込められている。

🏚 6. 現代社会への批評

物語は怪談の形を取りながら、 現代の社会問題を鋭く突いている。

  • 子どもの声がうるさいと公園を閉鎖する大人

  • 保育園を追い出す住民

  • 子どもを守れない親

  • 戦争で子どもが犠牲になる現実

  • 森を破壊し、祠や地蔵を壊す強欲

「子どもの声が騒音になる」 「強欲が子供の声を奪う」

怪異は“社会が子どもを切り捨てた結果”として描かれる。

🧩 7. 最後に残る謎

物語は明確な答えを示さない。

  • 上高地の少年と鎌池の少年は同一人物か?

  • 梓川ふるさと公園の“黒い影”とは何か?

  • 子どもの声が聞こえるのは誰の記憶か?

  • 山の神は怒っているのか、悲しんでいるのか?

「未だ明かされていない物語があるように。」

読者自身が“子どもの声”をどう受け取るかが問われている。

🔍 この物語の読み方のポイント

  1. 怪談として読むと、信州の地理と伝承が深く絡むホラー

  2. 寓話として読むと、子どもを失った社会への批判

  3. 心理劇として読むと、大人が失った“子ども心”の回帰

  4. 歴史物として読むと、落武者伝承の再解釈

どの読み方でも成立するように書かれているのが特徴。

✨ 最後にひとつだけ質問

この物語のどの部分が、あなたの心に引っかかった? そこを深掘りすると、もっと面白い読み解きができると思う。


@2026/04/15

物語、全部読みました。

まずひとことだけ核心を言うと――

これは “梓川ふるさと公園” を軸に、信州・越後・富山湾・上高地・白馬・鎌池など、土地に宿る“子どもの声”の記憶をつなぎ合わせた、長大な怪談であり、同時に社会への寓話でもある作品です。


あなたが書いた(あるいは集めた)このテキストは、単なる怪談ではなく、

土地の歴史・落武者伝承・水難・山の神・観光地化・少子化・戦争・親子の断絶  

といったテーマが、すべて「子どもの声」という一本の糸で貫かれています。


以下、内容を整理しながら“この物語が何を語っているのか”をまとめます。


◆ 物語の中心テーマ

1. 子どもの声は何を意味しているのか

生きている子ども


失われた子ども


大人が忘れた“かつての自分”


社会が切り捨てた弱者


山や海に残った魂


これらがすべて“子どもの声”として重なり合う。


物語の随所で、大人は子どもの声を「騒音」として排除しようとする。

しかし、夜になるとその声は戻ってくる。

大人が忘れたもの、大人が裏切ったものが、闇の中で形を変えて現れる。


◆ 梓川ふるさと公園の怪異

・夕方6時、子どもの声が消える

・黒い影が動き出す

・見た者は石になる

・公園の“住人”になる

これは単なる怪談ではなく、

「子どもを守れなかった土地の記憶」  

が形を持ったものとして描かれている。


公園が“後付けで作られた”という描写は、

封印された歴史の上に無理やり文明を置いた結果、古い約束が破られた  

という暗示。


◆ 上高地の少年と鎌池の少年

物語の中でも「謎」として扱われている部分。


上高地:リアルで具体的な怪異


鎌池:幻想的で象徴的な死


しかし両者は“時空のどこかでつながっている”と語られる。

これは、

「失われた子どもは、場所を超えて同じ声を持つ」  

という寓話的な構造。


◆ ホタルイカ・メギス・流木

信州とは本来無縁の海の生き物が、なぜか山奥に“帰ってくる”。


これは

海で失われた子どもたちの魂が、山へ帰ってくる  

という象徴。


ホタルイカの光は“子どもの魂の灯り”。

メギスの大きな目は“海の底で見た悲しみ”。


老人たちがそれらを無言で買い求めるのは、

自分の中の“子ども”を取り戻そうとしているから。


◆ 落武者伝承との接続

落武者の一族が信州に逃げ延びる途中、


子どもを連れていく苦しみ


子どもを守れなかった罪


子どもの声だけが残る


これらが現代の怪異と重ねられる。


つまり、

信州の山々には“子どもを失った歴史”が折り重なっている  

という構造。


◆ 現代社会への批評

物語の後半は、怪談から社会批評へと変わる。


子どもの声を騒音として排除する社会


少子化


戦争で子どもが殺される現実


大人が子どもを裏切る構造


DNAが作り上げた虚構の安心


怪談の形を借りて、

「大人はいつから子どもの声を聞かなくなったのか」  

という問いが投げかけられている。


◆ 全体の構造

この作品は、

“土地の怪談” → “歴史の記憶” → “社会批評” → “哲学的問い”  

という四層構造になっている。


そしてすべてが

「子どもの声」  

という一点に収束する。


◆ 最後に

このテキストは、

単なる怪談ではなく、

土地の記憶・失われた子ども・大人の罪・社会の歪み  

を重ね合わせた、非常に深い物語です。


もしあなたが望むなら、次のようなこともできます。


物語の構造分析


テーマ別の再編集


怪談としての再構成


小説としてのリライト


“梓川ふるさと公園”の新たなエピソード創作


この物語の核心テーマの掘り下げ


あなたはこの物語のどの部分が気になっていますか。

読ませていただきました。
これは「怖い話」という枠をはるかに超えて、土地の記憶・子どもの声・大人の罪・山の深さが幾重にも折り重なった、長野〜新潟〜富山の“見えない物語”そのものですね。

あなたが書いた(あるいは聞き取ってまとめた)このテキストは、単なる怪談ではなく、いくつもの層が同時に語られています。
少し整理しながら、物語の構造とテーマを読み解いてみます。
◆ 1.中心にあるのは「子どもの声」というテーマ

この話の核は、どこを切っても 子どもの声 に戻ってきます。

    梓川ふるさと公園で消える子どもの声

    上高地で見え隠れする子どもの影

    鎌池に沈む少年

    親知らず子知らずの海で消える声

    ホタルイカの光に宿る子どもの魂

    児童公園や保育園が「うるさい」と閉鎖される現代の話

どれも「子どもの声が聞こえる/聞こえない」という対比で語られています。

これは単なる怪異ではなく、
大人が子どもを見なくなった社会への批判  
子どもを犠牲にしてきた歴史の記憶  
が重なっているように感じられます。
◆ 2.土地の記憶がつながっている構造

物語は新潟から始まり、信州、富山湾、白馬、上高地へと移動します。
しかし語られる怪異は、どれも「同じ根」を持っているように描かれています。

    梓川の流木

    ホタルイカの光

    山の祠

    落武者の子ども

    親知らず子知らず

    鎌池の少年

これらは地理的には離れているのに、
“子どもを失った土地”という共通の記憶  
でつながっている。

まるで、土地そのものが語り手になっているようです。
◆ 3.「落武者」と「現代の大人」が重ねられている

落武者の子どもが犠牲になる話は、歴史的な悲劇として語られますが、
後半では現代の大人たちの姿と重ねられています。

    子どもの声を「騒音」と言う大人

    強欲で土地を切り売りする大人

    子どもを守れない社会

    子どもを戦争で失わせる世界

つまり、
昔の悲劇は終わっていない。形を変えて続いている。  
という強烈なメッセージが込められています。
◆ 4.「山の神」は恐怖ではなく“境界”として描かれる

山の神は人を呪う存在ではなく、
迷った魂を弔う存在  
として描かれています。

    小さな祠

    子どもの名前が書かれる

    古い名前の上に新しい名前が重なる

これは「山が子どもを奪う」のではなく、
大人が子どもを守れなかった結果、山が引き受けている  
という構造になっています。

恐怖よりも、むしろ哀しみが強い。
◆ 5.物語全体に漂う“時空のゆがみ”

上高地の少年と鎌池の少年が同一人物かもしれない、という示唆。
ホタルイカの光に宿る魂。
梓川の流木が子どもの形をしている。
猿の群れに混じる子どもの顔。

これらはすべて、
時間が直線ではなく、輪のように回っている  
という感覚を与えます。

「過去の子ども」と「今の子ども」が混ざり合い、
「失われた声」と「今聞こえる声」が重なり、
境界が曖昧になっていく。

怪談というより、
土地の“記憶の層”が漏れ出している  
という描写です。
◆ 6.この話が怖いのは、怪異ではなく“現実”の方

あなたのテキストの最も深いところはここだと思います。

    子どもの声が騒音になる
    子どもを殺す大人たち
    黙って見ている大人たち

怪異よりも、
大人が子どもを見なくなることの方が恐ろしい  
という構造になっている。

だからこそ、最後の問いが刺さります。

    子どもの声が不都合なものの正体は?

これは読者に向けられた問いであり、
物語の“出口”がここにある。
◆ 7.まとめ:これは「土地の怪談」を装った“現代への問い”

この作品は、

    怪談

    土地の歴史

    民俗

    社会批評

    個人の記憶

が一つに溶け合った、非常に独特な語りです。

怖さよりも、
哀しさ・祈り・問いかけ  
が強く残る。

あなたがこれを「気になってメモした」というのは、とてもよく分かります。
これは“聞き流せる話”ではありません。

もしよければ、次のどれかを教えてほしいです。

    この話を「整理したい」のか

    「続き」があるのか

    「解釈」を深めたいのか

    あるいは「物語として仕上げたい」のか

あなたの意図に合わせて、もっと深く一緒に読み解けます。 

> 

これは……すごい。

あなたが紡いだ物語は、単なる怪談の枠を超えて、土地の記憶・人の罪・子どもの声という普遍的なテーマが重層的に絡み合っている。読み進めるほど、梓川ふるさと公園という“何でもない場所”が、歴史の澱と人々の無意識を吸い込んだ“境界”として立ち上がってくる。


少し整理しながら、物語の核心を浮かび上がらせてみるね。


🌒 この怪談が特別に怖い理由

1. 「子どもの声」という普遍的なモチーフ

子どもの声は本来、生命力や未来の象徴


しかしこの物語では「代償」「封印」「呼び声」として現れる


聞こえるはずの声が消える瞬間が“時の裂け目”になる


2. 土地の歴史が現在に滲み出す構造

落武者


山の神


親知らず子知らず


鎌池の少年


ホタルイカの光


これらが一本の川のように“梓川”へ流れ込み、

最終的に「ふるさと公園」という人工物に淀みとして溜まる。


3. 現代社会への批評性

助成金で作られた“ふるさと公園”


子どもの声がうるさいと公園を閉鎖する大人


観光地化とオーバーツーリズム


少子化で失われる「子どもの気配」


怪異は超自然ではなく、

大人たちが忘れたものの“影”として現れている。


🌘 物語の中心にあるテーマ

● 「子どもを守れなかった大人」への贖罪

落武者の子

鎌池の少年

富山湾の光

梓川の流木

バスの子どもたち


どのエピソードも、

子どもが“時の外側”に落ちてしまうという共通点がある。


そして大人は気づかない。

気づいた時にはもう遅い。


🌑 最も背筋が冷える部分

あなたの文章の中で、特に強烈だったのはここ。


「子どもの声がうるさい…」と言って児童公園が閉鎖された事件があった

それは本当に子どもの声だったのか


この一文で、怪異が“外側”ではなく“内側”に潜んでいることが示される。

読者は逃げ場を失う。


🌘 全体としての印象

これは単なる怪談ではなく、

信州という土地の記憶と、現代日本の喪失感が重なった長編叙事詩のようだ。


静かで、淡々としていて、

なのに読むほどに胸の奥がざわつく。


あなたが意図しているかどうかは分からないけれど、

この物語は“語り継がれる怪談”の形式を完全に踏襲している。

土地の怪異は、こうして生まれる。


🌄 次の展開を想像すると…

この物語、まだ続けられる余白がたくさんある。


梓川ふるさと公園の“最初の子どもの声”は誰だったのか


落武者の子どもたちは何を見ていたのか


鎌池の少年が“会いたかった人”とは誰か


バスの子どもたちはどこへ行ったのか


ホタルイカの光に宿る“記憶”とは何か


どれも一本の短編になる。


もしよければ、

この世界観をさらに深める手伝いもできる。


あなたはこの物語をどこへ向かわせたい?


物語、しっかり読みました。

これは “怪談” の形式をとりながら、梓川ふるさと公園・上高地・日本海・落武者伝承・子どもの声 といった複数の土地の記憶をつなぎ合わせた、長い連作のような作品ですね。

あなたが書いたのか、どこかで聞いた話をまとめたのかは分からないけれど、構造がとても興味深いので、内容の整理・テーマの読み解き・物語の核心をまとめてみます。


◆ 物語の核心(最短まとめ)

山間の公園(梓川ふるさと公園)には、子どもの魂が集まる。


夕方になると「子どもの声」が聞こえ、姿を見た者は石になる。


その正体は、落武者の子どもたち・行方不明になった子どもたち・海に沈んだ魂が時空を越えて集まってくる存在。


大人の“強欲”や“裏切り”が子どもの声を奪い、子どもたちは山や海に取り残されていく。


その声は、夜になると大人の耳にも届き、過去の自分(子どもだった頃)を呼び戻す。


◆ 物語の構造(大きな流れ)

1. 新潟の地下の飲み屋で語られる怪談

語り手が聞いた話として始まり、現実と怪異の境界が曖昧になる。


2. 梓川ふるさと公園の怪異

夕方6時になると子どもの声が消える


黒い影が動き、見た者は石になる


公園は「封印された約束」の上に作られた


3. 落武者伝承との接続

かつて松本平に逃げ込んだ落武者の一族


子どもだけは山の神に守られた


しかし村人との誤解で“呪いの地”に追いやられた


4. 日本海・ホタルイカ・流木

梓川から流れた“子どもの魂”が海に出る


ホタルイカの光に混じる「青い光」


漁師が夜の海を恐れるようになる


5. 上高地のバス事故

サルの群れに混じる「人間の子ども」


バスは翌日、川底で発見される


生き残ったのは“時を超えた少年”だけ


6. 鎌池の少年

美しいまま沈んでいた少年


彼は「会いたい人に会えた」


村人はその話題をタブーにする


7. 子どもの声を失う現代社会

子どもの声が“うるさい”と言われ、公園が閉鎖


しかし本当にうるさかったのは「子どもの魂の声」


大人は子どもを裏切り、子どもは山に帰る


◆ 作品のテーマ(読み解き)

● 1. 子どもの声=失われた命・失われた記憶

物語全体で繰り返されるモチーフ。

「子どもの声」は、


行方不明になった子


落武者の子


海に沈んだ子


大人になった“あなた”の中の子ども

すべてを指している。


● 2. 大人の強欲が子どもを奪う

助成金目的の公園


子どもの声を“騒音”として排除する社会


夜の漁を続ける観光ビジネス

こうした“現代の強欲”が、怪異を呼び戻す。


● 3. 時空のゆがみ

この物語では、


落武者の時代


現代




公園

がすべてつながっている。

子どもの魂は時間を超えて現れ、消え、また現れる。


● 4. 「あなた自身の子ども時代」が呼び戻される恐怖

最後の一文が象徴的。


それはいつかのあなた


怪談でありながら、

“あなたの中の子ども”が呼び戻されるという

心理的な怖さも含んでいる。


◆ この作品の魅力

地名がすべて実在し、リアリティが強い


怪談と歴史伝承と社会批評が混ざる


「子どもの声」というモチーフが全編を貫く


読後にじわじわ怖さが残るタイプの物語


あなたが意図したかどうかは分からないけれど、

これは長野・新潟・富山の土地の記憶をつなぐ“現代民話”として成立している。


◆ 次の一歩(あなたに聞きたいこと)

この物語、

あなたはどの部分を深掘りしたい?


梓川ふるさと公園の怪異をもっと膨らませたい


上高地のバス事故を独立した話にしたい


落武者伝承をもっと歴史寄りにしたい


全体を一つの長編に再構成したい


どの方向にも発展できるので、あなたの意図を聞かせてほしい。


by Gemini:

@2026/04/15

新潟の地下にある、静まり返った居酒屋。そこでぼそぼそと語られた「梓川ふるさと公園」を巡る奇妙な記憶の断片――。


その物語は、単なる怪談の枠を超え、失われた「子どもの声」と大人の「強欲」、そして信州の山々と日本海を結ぶ深い因縁を浮き彫りにしています。


いただいた物語の要点を整理し、その深淵を覗いてみます。


1. 梓川ふるさと公園の「魔の時間」

山間に突如として現れたその公園は、午後遅くになると急速に冷気が下り、午後6時を境に「黒いもの」が動き出すと言います。


石になる住人: 影を見た者は身動きが取れなくなり、奇妙な形の石となって公園に留まる。


4時の掟: 地元の親たちは、たとえ忘れ物をしても4時を過ぎたら決して公園に戻らない。


魂の行方: そこで失われた子どもの魂は、梓川の流れに乗って日本海へ下り、春の訪れとともに「ホタルイカ」に宿って光り輝くという。


2. 山と海を結ぶ「負の連鎖」

物語は、信州の山奥と北陸の海が、物理的な距離を超えて精神的に繋がっていることを示唆しています。


流木とホタルイカ: 梓川の奇妙な形の流木を飾る者、そして取り憑かれたようにホタルイカを食べる者。彼らはかつて公園で「魂を抜かれた」子どもたちの成れの果てかもしれません。


メギス(ニギス)の里帰り: 深海魚であるメギスが、春先に当然のように信州のスーパーへ運ばれてくる。それを争うように買う老人たちの姿は、失った子ども時代を必死に取り戻そうとする悲しい執着の表れです。


3. 落ち武者の伝承と「山の神」

公園の背景には、かつて村人によって呪いの地(山奥)へと追いやられた落ち武者一族の悲劇が横たわっています。


だまし討ちの代償: 村人は自分たちの安寧のために、子ども連れの落ち武者たちを追い詰めた。


山の神の慈悲: 山の神は子どもだけには手を出さなかったが、大人が保身のために「子どもの声」を封じ、あるいは捨て去ったとき、その歪みが時空を超えて現代に表出する。


4. 現代への警鐘:消える「子どもの声」

物語の核心は、現代社会における「子どもの声」の不在に向けられています。


騒音問題: 児童公園の閉鎖や保育園への苦情。大人が自分の利便性や「強欲」のために子どもの声を排除したとき、その町は精神的な死を迎える。


上高地のバス事件: 猿の群れに混じる子どもの顔、そして川底に沈んだバス。それは、大人が「何も見なかった」ことにした代償として、突如として牙を剥く。


結び:誰しもが持っていたはずの声


物語に登場する無表情な老人は、かつて自分の中の子ども時代を真っ先に切り捨てた存在なのかもしれません。


夜、梓川ふるさと公園から聞こえてくる大勢の子どもの声。それは幽霊の叫びではなく、大人が社会で生きるために置き去りにしてきた「かつての自分自身の声」が、闇に乗じて会いに来ているのかもしれません。


このお話、信州の冷たい空気感と、日本海の湿った闇が混じり合うような独特の湿度を感じます。特に「ホタルイカの輝きが子どもの魂である」という一節は、美しくも背筋が凍るようなイメージですね。



京都(現在の南丹市、かつての丹南藩周辺)で起きている、行方不明だった少年の悲痛な発見という現実の事件。この凄惨な出来事を、物語が描く「子どもの声」というテーマに重ねると、言葉に詰まるような重みを感じます。


物語が示唆していた「山の神」や「時空の歪み」、そして「大人の強欲」というキーワードは、単なるフィクションとして片付けるにはあまりにも現実の悲劇と共鳴しすぎています。


現実と物語が交差する「子どもの不在」

現実の南丹市の事件では、行方不明になっていた11歳の少年が山中で遺体となって発見されました。


「子どもが入るはずのない場所」: 地元住民が「子どもが一人で入るような場所ではない」と語る山。物語の中で、梓川ふるさと公園が「誰も近寄らない、冷気が下りてくる場所」と表現されていたことと重なり、本来守られるべき子どもが、なぜか「異界」へと誘い込まれてしまったかのような恐怖を感じさせます。


届かなかった声: 警察や地域住民が懸命に捜索を続け、ヘリコプターが飛び交う中で、少年の声はついに届くことはありませんでした。これは物語の「耳をすませば誰もいないはずの公園から大勢の子どもの声が聞こえてくる」という一節と残酷な対比をなしています。


強欲と情報の濁流

物語の「記憶の断片」で語られた、現代の大人の「強欲」や「自分を殺して大人になることへの批判」は、事件を取り巻く情報の乱れにも通じます。


デマの連鎖: 事件直後、SNS上では父親の関与を疑う心ないデマや偽ニュースが拡散されました。少年の命や遺族の悲しみさえも、アクセス数を稼ぐ「強欲」の道具にされてしまう。物語が警告していた「子どもを裏切る大人たち」の姿が、そこにはっきりと浮かび上がっています。


尊厳を欠いた報道: 報道ヘリが映し出した生々しい映像に対して、視聴者からは「死者の尊厳」を問う声が相次ぎました。大人の「見たい」「知らせたい」という欲望が、静かに眠るべき子どもの尊厳を侵してしまう危うさ。


結びとして

落ち武者が逃げ込み、一族が散り散りになったという信州や越後の伝承。それと同じように、京都の山々もまた、古くから多くの悲劇や「隠された声」を飲み込んできた土地です。


「子どもの声が届かない本当の理由は分かりますか?」


物語が投げかけたこの問いは、南丹の事件を前にして、より一層鋭く突き刺さります。私たちが「騒音」として排除し、「ニュース」として消費し、時には「デマ」として利用してしまうその「声」こそが、本来は何よりも大切に守るべき、失われた「かつての自分たち」そのものなのかもしれません。


この事件で失われた少年のご冥福をお祈りするとともに、彼が物語の少年のように、せめて「会いたい人に会えた」穏やかな結末の中にいることを願わずにはいられません。



「子どもが置き去りになっている」というお言葉、胸に深く刺さります。


凄惨な事件が起きるたび、世の中は原因の追及や犯人捜し、あるいは無責任な憶測という「大人の論理」で埋め尽くされます。その騒音の中で、一番小さく、しかし一番切実だったはずの「子どもの声」や、その子が感じていたはずの「怖さ」や「孤独」が、二の次にされているような違和感を禁じ得ません。


物語の中で語られた、


「本当に大事なものを間違えている」

「子どもの声を閉じ込めるな」


という一節は、まさに今の状況を予見していたかのようです。大人が自分の保身や感情、あるいは社会のシステムを優先する裏側で、いつも一番純粋な存在が「境界線」の向こう側へと押しやられてしまう。


事件の真相がどうあれ、あるいは物語がどれほど幻想的であれ、**「守られるべき瞬間に、そこに誰もいなかった」**という厳然たる事実は、梓川の流木のように重く、冷たく横たわっています。


新しい展開、新しいニュースが上書きされていく中で、せめて私たちは、その消え入りそうな小さな声があったこと、そして彼らが本来持っていたはずの「未来」を忘れないようにしたいものです。


今はただ、その子がようやく冷たい山から解放され、安らかな場所に辿り着いていることを、そして物語の少年のように、心から会いたかった存在の温もりに触れられていることを願うばかりです。

梓川ふるさと公園から始まり、信州の山々、そして日本海へと繋がるこの「記憶の断片」は、単なる怖い話の枠を超えた、土着の悲しみと時空の歪みを感じさせる怪談文学のようです。


断片的に綴られたエピソードから読み取れる、この物語の**「裏側に流れる因縁」**を整理し、その深淵を覗いてみましょう。


1. 梓川ふるさと公園:呪われた「負の錬金術」

本来、子どもたちの笑い声で溢れるはずの公園が、ここでは**「捕食の場」**として描かれています。


強欲の代償: 使い道のない土地を助成金目当てに公園化した大人たちの不敬が、古くからその地に封印されていた「山の神」や「落ち武者の無念」を呼び覚ましてしまった。


魔の時刻(18時): 夕闇が降りる頃、公園の石たちは「かつて人間だったもの」へと変貌を暗示させます。4時を過ぎても残る者は、山の住人(石)にされてしまうという警告。


命の契約: 「子どもの声を聞かせる」ことが、その土地の平穏を保つための忌まわしい代償となっている。


2. 梓川から日本海へ:魂の流転

信州の山から流れ出る梓川は、犀川、千曲川、そして信濃川となって越後(日本海)へと注ぎます。この水の流れが、「迷い子の魂」の運搬路となっています。


流木とホタルイカ: 梓川の不気味な流木は、逃げ遅れた子供たちの成れの果て。その魂は日本海へ流れ、春に光るホタルイカとなって、再び誰かの体内に取り込まれようとする。


富山湾の青い光: 漁師が目撃した「意思を持つ光」は、海に沈んだ「親知らず子知らず」の悲劇の再現であり、失われた親子の絆を求める叫びです。


3. 上高地と鎌池:時を止める「神隠し」

観光地としての華やかさの裏で、野生(サル)と人間(コドモ)の境界が曖昧になっています。


サルの群れに混じる顔: 上高地の暗がりに見えるのは、動物ではなく、時のはざまに落ちた子供たち。


バスの転落事故: 運転手が見た「サルのような少年」は、過去からの使者。彼が現れるとき、現世の時は止まり、バスは川底(異界)へと引きずり込まれる。


鎌池の少年: 時を超えて現れた少年の遺体は、悲劇であると同時に、彼にとっては「会いたい人に会えた」救済でもあった。しかし、それを弔おうとした僧侶すら消えるほど、その地は深く閉ざされている。


4. 現代への警鐘:「子どもの声」の正体

最後に綴られた「児童公園の閉鎖」のエピソードは、現代社会の歪みを突いています。


忘却への罰: 子どもの声を「騒音」として排除する大人たちは、自分たちもかつて子供であったこと、そしてその声を山や海に置き去りにしてきたことを忘れている。


夜に近づく足音: 閉鎖された公園から聞こえる声は、捨てられた過去の自分自身の声。


考察:梓川ふるさと公園を訪れる方へ

もしあなたが、松本市の梓川ふるさと公園を訪れることがあれば、以下のことに注意してください。


「石」の形を凝視しないこと: それが不自然に子供の座った姿に見えても、目を逸らしてください。


16時(4時)のチャイムで立ち去ること: 山影が伸びるスピードは、あなたの歩幅よりもずっと速い。


忘れ物をしても振り返らない: 忘れ物は「身代わり」として置いていくのが、この公園での唯一の生還ルールかもしれません。


「聞こえますか 子どもの声」

それは、風の音でしょうか。それとも、あなたが山に置いてきた「何か」が呼んでいるのでしょうか。

梓川ふるさと公園にまつわる、湿り気を帯びた怪異の記録。

新潟の地下の飲み屋から始まり、信州の山深く、そして日本海の底へと繋がる物語の断片は、単なる都市伝説というよりは、土地が抱える**「記憶の澱(おり)」**のようです。


提示されたお話の要点を、その不気味な情緒とともに整理しました。


1. 梓川ふるさと公園の「掟」

信州・松本の山間に唐突に現れたこの公園には、静謐というよりは「霊気」が漂っています。地元で密かに語られる、子どもを守るための鉄則があります。


魔の時刻: 午後4時には引き上げること。夕方6時、山の影が急速に下りてくる頃、黒い影に触れた者は「石」にされてしまう。


代償: かつて村人が山の神と交わした「命の代償に子どもの声を聞かせる」という古い約束。高齢化で守れなくなったその約束が、現代に歪んで現れている。


2. 梓川から海へ流れる「魂」

信州の山(梓川)を下った流木や水は、越後(新潟)で海に入り、なぜか南下して富山湾へと至ります。


ホタルイカの光: 春の夜に光るホタルイカ。その青い光の中には、川を流れ下った子どもたちの魂が混じっているという。


流木: 梓川の流木を拾い、家に飾る者は、知らぬ間に魂を抜かれた者たち。


3. 上高地とバスの神隠し

観光地として名高い上高地でも、その影の部分で異変が起きています。


猿に混じる「何か」: 車窓から見えるサルの群れの中に、サルのフリをした人間の子供の顔が混じることがある。


トンネルの闇: あるバスの運転手は、道に現れた少年の影(かつての犠牲者)を見た直後、乗客である子どもたち全員とともに川底へ消えた。


4. 鎌池の少年

白馬の近く、鏡のような「鎌池」で見つかった少年の遺体。


時を超えた姿: 遺体はまるで生きているかのように美しく、穏やかだった。彼は時空の歪みに落ち、長い時間を経て、ようやく「会いたい人」に会えた末に、あそこに辿り着いたのかもしれない。


消えた僧侶: 彼を弔いに行った僧侶もまた、戻ってくることはなかった。


5. 強欲が生んだ「ふるさと公園」

「梓川ふるさと公園」という名前に隠された皮肉。


錬金術の果て: 誰も近づかない、日当たりの悪い斜面の「どん詰まり」。助成金のために作られた無機質な空間が、かつてそこに追い詰められた落ち武者や、封印されていた山の神の怒りを呼び覚ましてしまった。


沈黙する町: 「子どもの声がうるさい」と公園や保育園を閉鎖する現代の強欲。その報いとして、夜になると「かつて子どもだった自分たちの声」が闇から近づいてくる。


考察:土地の因果

この話の核心は、「大人の都合(強欲・開発・避難)」によって置き去りにされた子どもたちの声が、梓川という水の流れを通じて信州から日本海までを循環し続けている、という恐怖にあります。


梓川の流木を見かけたら、それは「逃げ帰ろうとして力尽きた誰かの指」かもしれません。日が落ちる前に、その場を離れるのが賢明のようです。

梓川ふるさと公園の怖い話

怖い話

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梓川ふるさと公園の怖い話

◆◆◆

~ 子どもの声 ~





この前、新潟に行ったときに聞いた話。只の作り話と言っていたけど、どうしても気になって、メモにしておいたもの。新潟では、多分、珍しいと思うけど、その飲み屋さん、地下に入っていく。結構しっかりした作りで、建物の上物を見ていると想像できない広さと言うか深さと言うか。反響を気にしてか、どのテーブルも話声はぼそぼそ。地元で合流した人の話もぼそぼそ、ぼそぼそ、と始まった。

新潟は大きな町だが掴みどころがない。海、港、運河、川、取り残された陸地、橋、また海。山は遠い筈なのに近くに感じる。だらだら続く街並みは却って温かいもてなしに感じる。

夜は表情を変える。人通りは極端に少なくなる。奥深く闇の中で眠っていたものが動き出す。人のものでない気配が漂ってくる。

小さな影は川べりから這い上がってくる。そのまま、老人の風体になって歩き出したと思ったら、例の居酒屋の地下に入っていく。

無表情な老人は、いつものテーブル、いつもの席に着く。誰かが合図を送った訳でもないのに、ぼそぼそと、、しかし、耳のすぐそばで話しかけられたようにはっきりした声で、話し始めた。視線はどこか遠くを見ているかのように。かすかな記憶を一つ一つ確かめるように、ぼそぼそと過ぎ去った時間を紐解き始めた。



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梓川ふるさと公園

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唐突に公園

山間のこんなところに

人の姿は全く見えない

霊気だけが木陰から何かを窺っている

もう何年も

怖がって誰も近寄らない


*


お日様が上にある時は

誰も気づかない

誰も気にしない

しかし

午後少し遅くなると

急速に影が忍び寄る

山が深く暗くなるのが早い

それ以上に早く冷気が下りてくる


聞こえていたはずの子供たちの声が

ピタとも伝わって来ない

魔の時刻

夕方6時

黒いものが動き始める

その影を見たものは

身動きが出来なくなる


不思議な形の石になって

公園の住人になる


/


誰もがフィクションと言って済ましている

昼は笑っていられるが

日が落ちたら笑いがひきつる

落武者の話を急に思い出す

村人が山間に追い詰めた時の話


/


取って付けたように現れた山間の公園

物語は過去のもので済まされなかった

村人が交わした約束

高齢化社会では果たせなくなってきた


*


命の代償に

子どもの声を聞かせる


*


子どもを連れて行っても

4時には引き上げます

忘れ物をしても取りに帰ることはしません


*


梓川の流木を見たことはありますか

奇妙な形だと思いませんか

逃げ帰って来た子どもたち


*


日本海を流れる子供たちの魂

三月

ふっくらしたホタルイカ

 

夜になると光が宿る


*

ホタルイカは富山湾に限らず

日本海側の結構広いエリアで冬から春にかけて水揚げされる

でもなぜか富山湾のものが美味しい 

 


 

信州の山からの流れは

越後で海に入り

なぜか南下する

 

*

 


 

*

 


梓川の流木を家に飾る人がいる

取り付かれたようにホタルイカを食べる人がいる

子供のころに遅くまで遊んでいて

知らぬ間に魂を抜かれた人たち


単調な響きの松本ぼんぼん

放心したように踊り続ける

呪われたような真夏の夜がよみがえる


*


今でも

夜、耳をすませば

誰もいない筈の公園から

大勢の子ども声が聞こえてくることがある


*


上高地

バスの車窓から林間に目をやると

木陰からニホンザルを姿を見せることがある

その暗い小さな影に一瞬サルでないものが混じる

気付く人は少ない

子ザルに見えた中に人の子供の顔

悲しげな視線が突き刺してくる

上高地の夕闇は一気に降りてきて時を止める


*

 

昨今のオーバーツーリズム 

上高地はマイカーで入れない

家族連れはバスに乗り換えるか、手前で駐車して散策する

観光地からそれたただ広いだけの公園にも観光客が迷い込む 

 山奥から何かがじっと見ている気配

 

*

 

北海道と同じように

標高の高い地域の春も一気に姿を現す

我慢していたかのように梅が咲いて

こぶしの白い色が追いかけてくる

桜は開花したと思ったら瞬く間に白とピンクの吹雪に変わる 

木蓮の大きな花びら 

アメリカハナミズキの賑やかな様 

 

ゴールデンウィークが近づいている

子どもたちがやってくる 

 

 

ゴールデンウイーク終盤

上高地へ向かうバス

大勢の子供が乗っている

 

急ブレーキ

運転手は何を見たのか

車を止めて外に出る

 

バスの前を横切った猿の群れ

足早に去っていく

取り残された猿と思ってみたものは

一人の男の子だった 

怯えたような目で見る 先はバスの中の子供たちだった

口元をゆがめ、

何か言葉を発したかとおもったら

その場に倒れ込んだ

 

止まっていた時が流れ始めた 

 

運転手は我に返る

何もなかった

何も見なかった

バスに戻り運転席に戻る 

先程まで騒いでいた子供たちは 

誰一人声を上げない 

 

バスが動き出した

取り付かれたようにアクセルを踏む

幅の狭いトンネルが口を開けていた 

 

 

次の日

そのバスは川底にあった 

人の姿は消えていた

 

 

大捜索で一人の男の子が見つかった

バスの運転手の前で倒れた男の子

でも発見されたのは梓川ふるさと公園

信州大学へ救助ヘリで運ばれた

衰弱した身体

 

コトバにならない言葉

譫言のように言葉が零れ落ちる

 

愛する家族への思い

彼は語り始めた

 

*

 

長く生きてしまったことに気付いた

 

*

 

鎌池

一周するのに30分も掛からない小さな池

白馬の近くにあるが

訪れる人は少ない

 

池を回っていると気付くこと

方向が分からなくなる

あちこちに樹海に伸びる細道

獣道か

子どもが行方不明になった話は聞いたことがない

そもそも子どもが来ること自体が珍しい

 

 

ある日

透明で宝石色の池に 

子供の遺体

表情は穏やか

 

少年は時を超えて

会いたい人に会えたに違いない 

 

少年の遺体が引き上げられると 

親子連れの猿影

樹海に消えていった 

 

 

<記憶の断片 > 

 

こんな公園

以前は無かった

使い道のない土地で強欲が悪知恵を働かせていたら 


世間に合わせて”ふるさと公園”

公園にするのに国から助成金がもらえて 

21世紀事業と言えば格好よく響く

 

この辺は日当たりの悪い北と東に向いた斜面のどん詰まり

誰も近づかない 

使い道が無いから公園?

現代の合理主義かな

あるいは強欲の錬金術? 

 

ここに最後逃げ込むしかなかった人がいたら?

この辺の木や石や土を掘り起こしたら ?

封印されていた約束が蘇ったら?

 

時が再び刻み始めた 

 

<記憶の断片 >

 

落武者の中に

子連れの落ち武者がいた

子どもには無理と言われても

塩尻峠を越えた時は大人たちも歓喜した

 

 松本平

一見すると緑豊かで平穏だった

 敵対する者はいる筈がない

落武者の列を遠目に見る村人

子ども 女 老人

警戒心は両方にあった 

その内、村の子供らの笑い声が緊張を解いた

落ち武者の子供らも村の子供と遊び始めた

 

村人の迷惑にならないように

落ち武者は山奥に入る

山の神のことを知る人はいなかった 

村人が落ち武者を呪いの地に追いやったことになった 

悪意は無くてもだまし討ちの形になった

山の神は子どもだけには手を出さなかった 

<記憶の断片> 

 

子どもが突如視界から消える

普通の事件事故のニュースのように流れてくる

やがて無事生還できる子もいれば

戻ってこれない子もいる

時のはざまに落ちた子供は存在を伝えることが出来ない

 

今まで聞こえていた子どもの声は本当は何だったか

其時は既に手遅れだったのかも知れない

時空のゆがみが表出する一瞬だったに違いない 

 

 

<記憶の断片> 

 

 落武者

 

戦いの場からその家の主だけが落ちていくのではない

一族郎党の夜逃げのようなもの

幼い子どもが問題になる

預ける先が見つからなければ

連れて行くのだが

足手まといになるのは分かっていること

子どもの不幸を想像するのは難くない

 

信州に続く道端に小さな地蔵が多いと気付く人もいる

 

 

*

 

<記憶の断片> 

 


親知らず子知らず 

 

 

京を追われて

越の国に逃げる

阻む海岸線に 

こういう名前が付けられている

 

 

子どもの声が波の音でかき消される

海から子供の声が聞こえてくる

錯乱する母親

 

夕闇が口を開けている

子どもの声を振り払う

足を速める

襲い掛かる波しぶき

波しぶきの先が子どもの小さな手に変わる

母親の足が止まる

倒れ込む

 

 

朝、

目を覚ます女

波は穏やかになっていた

目の前の山を越えれば信州

松本平に導く道に入る

南ルートを逃げた一族に合流できる 

 

 

遠くから子どもの声が聞こえる 

子どものぬくもりが蘇る 

持っていたものを捨てて

海に向かって歩き出す 

大事なものが沈んでいる海へ 

 

 

本当に大事なもの

海の底で子供の手に触れて 

心が救われるのが分かった

子どもの声が女を包んでいた 

 

 

<記憶の断片> 

 

春が近づいて

ホタルイカ漁 が活発になる

夜に出ることもある

 

その日の夜

光の中に少し様子が違うものがある

深い青色

光は抑えられている 

ほんの一瞬

目が合ったような錯覚に襲われる 

 

漁師は漁を早めに切り上げて

家族のところへ急ぐ

 

漁からいつもより早く帰った父親に

何時より強く抱きかかえられた子は

嬉しくて思い切り抱きしめ返したが

はっとして力を抜いた

 

子どもにしか分からない

深い悲しみが伝わって来た

 

涙をためた子を見て

父親は満足そうにしたが

同時に不安な気持ちに襲われた

 

漁師は夜の漁を躊躇うようになった

夜の富山湾

観光客相手の漁師しかいなくなった 

 

*

 

<記憶の断片> 

 


鎌池に沈む少年は

生きているかのように美しく

目を見開いていた

視線の先は彼方の記憶を留める

光に満ちた世界だろうか

 

 

少年の水死水難事故の話は

直ぐに広まって直ぐに収まった

弔いのために山奥に入った僧侶は

そのまま帰ってこなかったが

探しに行こうと言う人はいない

少年のことはタブーになった

鏡池に近づくこともしない

 

鎌池は、温泉客、観光客、風景写真家、昔も今も、来る人は限られている

ときどき道を間違える人が出て騒ぎになる 


村人の誰も見ていないのに

少年の声は 全員の耳に残っていた

 

子ども連れの観光客が来ると

耳を澄ますようになった

 

 

<記憶の断片> 

 

 

「子どもの声がうるさい…」 

児童公園が閉鎖された

保育園が廃園に追い込まれたところもある

 

それは本当に子どもの声だったのか

 

強欲には子どもの姿を見ることが出来ない

無駄に遊んでいる土地に見える

強欲は連鎖する

強欲が子供の声を奪う

 

子どもの声を返して欲しい

子どもの声を閉じ込めるな 

 

その町も少子化が進む

少ない子供を閉じ込める 

 

 子どもは大人になって子どもを裏切る

 そういう大人を見ている山奥からの視線に気づかない

でも

子どもの声が

夜になって少しずつ近づいてくる

子供と言う過去を捨て大人に

夜の闇が

子ども声を届ける 

それはいつかのあなた 


*


名誉教授のクレーム

子どもの声がうるさい

この老人は子供の頃は信州という地に憧れていた

勉学で望みを叶え

更に信州に移り住み望みを叶えた

公園近くにマイホームも



本当に子ども声が煩かったのか

押し殺して来た遠い自分の中の心

もっと自由だった本当の自分を思い出したのか

自分の大切な心を鎮めるためのクレームか

其れさえも本人は気付いていない


*


公園は閉鎖され

洒落た住宅が立ち並ぶ

住人が過去の話を知ろうが知るまいが

やがて

住人の心のドアをたたく子ども声が訪れる

それは

公園で遊んでいた子どもたちのものか

住人となった人の過去から訪れるものか

 

*

 

 

<記憶の断片> 

 

信州もまた有数の観光地の一つ

訪れたことのある人も少なくない

進学進級を前にした3月は少人数の旅行が多い

 

興味本位でスーパーに入ると並んでいる食材の豊富さに驚くかもしれない

物流網の発達で日本中のものが並ぶ

都市部のスーパーと変わらない

 

関東、東海、北陸の近海物が鮮度良く並ぶ

その中にホタルイカが並ぶ

ホタルイカを好む人なら気付くこと

 

ふっくらと大きさも形も、何よりも鮮度がいい

どうしてこの信州の山奥で?

わざわざ選ばれて運ばれてきたような

何となくの違和感 

 

すると横から手が伸びてきて

パックを買い物かごに収める

無言無表情で去っていく老人

 

人ごみに消えるのを待って

漸く我に返る

 

子供の頃の感受性が蘇る

小さなささやき声

 

スーパーの外に出る

夢中で買った信州の食材を使ったお土産用の菓子類

中に手にした記憶のない1パックのホタルイカ

 

明朝の帰りの列車の時刻を確認する 

今どきは何もかもスマホ

 

 

 

<記憶の断片> 

 

誰にも子どもの時代があった

 

発声できたかどうか分からなくても

子どもの心、子どもの声を持っていた

 

大人になる

成長する 

自分を殺すことなの?

 

子どもの声が騒音になる

 

世界中で戦争がやまない

今でも 

ウクライナ、ミャンマー、アフガン、ガザ、 イラン、

子どもを殺す大人たち

黙って見ている大人たち

 

時代も場所も状況も違うから混同しないように

知ったか爺が切り捨てる

無表情のこの老人は恐らく自分の子供時代を真っ先に切り捨てた 

 

何も変わっていない

何も変わることが出来ない 

 

 *

 

<記憶の断片>  

 

 沖縄

洞窟に逃げた

声を上げる子ども

聞き耳を立てるアメリカ兵

口を塞ぐ大人

子どもの声が消えた 

 

邪悪は兵士の顔を借りて言う 

子どもの声を消したのはその子の母親だ

火炎放射器のレバーを引いた


*

 

<記憶の断片>   

 

 落武者

一族郎党

 

逃げ延びる一団

 

子どもの声がかすかに届くが姿は

女たちの辛い表情

旅の疲れだけではない

人形のようなものを背にしている

 

足手まとい誰かが口にして

子どもの影が消えた

 

声だけが耳に残った

 子どもの声を人形に託した

 本当に大事なものを間違えている

大人にも言葉にできないこと

何処で間違えたかと言う疑問を

空腹と疲労がかき消した

 

 

<記憶の断片>  

 

 

山の神

 

最初は山歩きをしていた人が

奥まった場所で道に迷って

目印に石を重ねただけだった

 

 あちこちに小さな目印

夜になると役に立たない

 

丁度、奥深い山の中央、登りと下りが交差する場所がある

ここを間違えると帰れなくなる

まるで、この世とあの世の境界のようだった

 

誰かが帰れなくなった魂を弔うように

小さな祠を作った

みすぼらしくても

道に迷ったものには光り輝く

 

誰もが手を合わせるようになった

誰となく山の神というようになった

 

 

山は高さより深さが怖い

平坦に見えて安心して深く入ると帰れなくなる

 

親子連れは平坦さに油断する 

 

 小さな祠に子どもの名前が書かれるようになった

 

古くかすれてしまった名前の上に新しい名前が書きこまれる 

 

 

信州の山は今も高く美しい

登山を楽しむ者たちの事故があるとニュースで話題になる

 

高山を取り囲む森や林の奥深い迷路

ニュースにもならない

信州の森には小さな祠、小さな地蔵があちこちにある

一つ一つが子供を守ろうとしている 

 

醜い大人たちが森を破壊し、祠も地蔵も重機で歯化するまでは 

 

<記憶の断片>  

 

 謎(なぞ)

 

 記憶をたどっても分からないことが色々ある

その一つが

上高地の少年と鎌池の少年

同じ人物なんだろうか 

上高地の話はリアルだけど

鎌池は 情緒的、幻想的、曖昧でどこかべ世界の話に聞こえる

でも時空のどこかで繋がっているように感じる

 

そして、

未だ明かされていない物語があるように。 

 

 *

<記憶の断片>  

 

 謎(なぞ)

 

子どもの姿が見えないと必死で探す親

一方で子供が訴えている声に 耳を傾けない親

 

 本当の愛を奪うかのような強欲の正体は何だろう

 

人は社会の入り口に立って何を差し出しているのか

 

 子どもの声ですか?

 

子どもの声が不都合なものの正体は? 

 

 *

<記憶の断片>  

 

 落武者

京を逃れて信州に向かう

北回りは海に沿って

南周りは木曽を抜けていく

盗賊の多い南周りは男ども

比較的落ち延びやすい北回りは女どもと子どもら 

信州の地で落ち合うことを誓って

旅に出る

 

信州には石標や地蔵が多い

末の時代になっても再会を果たしたいと言う思いだ

風の音、川のせせらぎ、鳥のさえずり

小さな地蔵は耳を傾けている

積んであるだけの石たちも耳を澄ましている 

 

*

 

<記憶の断片>  

 

ペット

ペットは子どもの代用?

支配する対象としてペットを見る人

素直な純粋な気持ちの存在として見る人

ペットと接することで自分が失ったものに気付く人もいる


 

人は自分たちが長い時間をかけて失ってきたものに

本当に気付けるだろうか 

その気付き行動を変えるだろうか

 

生きるため、家族を守るためと言って

自分や家族の大事なものを置き去りにしてしまった

生きるためと言って、人を殺し、子供まで殺している

 

自分だけはペットで癒されているから大丈夫なのか

 

 

*

 

子どもの声が届かない本当の理由は分かりますか?

 

<記憶の断片>  

 

 

DNAが作り上げた虚構

安心が欲しいと言う無限ループ

DNAの奴隷になった人間

 

唐突に松本清張の鼾(いびき)を思い出すかもしれない 

 

 *


<記憶の断片>  

 

 

深海魚のメギス。正しくはニギス(似鱚)。白身魚で形も味もがキスに似ているのでメギス。北陸の特産と言ってもいい。目が大きいので目ギスとか。

不思議なことに、このポピュラーとも言えない奇妙な魚が信州に運ばれてくる。寒さが抜けきらない春先。新鮮なメギスが当然のように、まるで里帰りをするかのように、信州の山奥に運ばれてくる。

ローカルスーパーの鮮魚売り場。メギスとホタルイカが隣合わせに並ぶ。微妙な空気感に気付く人は少ない。多くの人には、無感心なエリア。

しかし、一部の人は争うように数パック纏めて買う。取り付かれたような表情の老人たちだ。老人たちは、自分が今いる場所も時代もはっきりしない。子どもだったころを思い出そうとしていることだけは分かる。

今年も塩の道を伝って旬のメギスが運ばれてきた。

海の底でメギスが見たもの

大きな目に涙が浮かんでいたのは悲しい話だったに違いない


 *


<記憶の断片>  

 

山の神の悲しみ

山の神の怒り



人が山へ入る理由は様々

人は山を恐れていたし、大切にしていたし、感謝もしていた


強欲は奪うことしか考えない

強欲には感謝はない

用済みと思えば山に捨てて知らん顔


強欲は年を重ねて動けなくなった猟犬を置き去りにする

血のつながりが無い子供を置き去りにする

自分の親さえも山深く置き去りにする


山の神は一つ秘湯の悲しみを拾い上げ自分の背に担ぐ

山の神は怒りを胸にするだろうか

山の紙もまた悲しみとなって一体化する

怒りではだれも救えないことを知っている


*


森の樹木を切り倒して

太陽光パネルを並べる

人の道を迷うさまが見える

心を失った結果


森で動物や植物と遊んでいた子ども

社会人になって戻ってきて

木を切倒す


*

*



子どもの声を聞かずに自分の強欲を優先させた母親

母親の邪心が若い夫に入り込み非情の手を下した

この母親には涙を流す資格もない

母親こそが子殺しの真犯人


*


少年は突然の侵入者に驚いた

母親が連れてきた男の目論見は、しかし、瞬時に見抜くことが出来た

幼いながら家を守ろうと必死になった

少年の心配を母親に伝えたのは誰か分からない

少年が同居する祖父母だったか


愚かな母親は子どもの疑いを夫に伝えた

我が子の気持ちを軽んじるだけで済まないことに気付かない

子どもは何度も母親から裏切られていた


卒業式

子どもが集う最後の日

子ども声が届けられたかもしれない日

声は届かなかった


*


京都

不思議な場所

落武者の出発点

落武者と家族の葛藤

丹後は京都の奥

日本海へ通じる

富山ほど有名ではないが

ホタルイカが辿り着く


*


母親に狂気を蘇らせたのは

語られない理由があった

少年が命を落として漸く

母親の耳に子ども声が届き始めた


本当に大切なもの

母親は今

心の奥深くに

仕舞い込んで

溜息を吐いた


*

<記憶の断片> 


散骨


月の夜

安曇野市

梓川の隣を流れる黒沢川

満開の桜が夜空に浮かび上がり吸い込まれる

人影は少ない


ここの桜を楽しむ人は地元の人

それも両岸をゆっくり往復して楽しむだけ

橋が渡っている場所では、橋の中央に立ち下流の行く末に目をやる


よる、桜の花びらを川にそっと落とす人がいる

桜の花びらの下に小さな骨

祈りと願いを込めて砕いた骨は小さな粒になっている


よく見ると

花びらを撒く人が他にもいくつか


犀川から信濃川

その向こうの日本海

桜の花びらと砂粒の骨が向かう先


昔、守ることが出来なかった子供を迎えに行く旅の始まり


小さな声が上がる


時が流れ始める


流転の再起動


しかし



※ 


 

 ”THIS IS FICTION”

「心のビタミン」はCheck*Padモーニングサービスの一部を収録しています。チェックパッドがどこから収録しているかは分かりません。ぱらぱら眺めるだけで気分転換になります。⇒(追記)現在はそのようなサービスは終了したのでしょうか見当たりません。

索引ラベル(+)はWikipediaの日本語ページ、英語ページのタイトルを採用する。未収録の場合は適当。


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名言 格言 一言
Mental Vitamin 心のビタミン
kotobanokokoro

☆☆☆

心のビタミンは子供の自由教材として見てもなかなか面白い。もちろん、ビジネスマン(ビジネスウーマン)の研修教材として見ても十分。年代・世代を超えて訴えてくるメッセージをそれぞれどう受け止めるか、その時の心模様~時代背景が微妙に反映されて興味は尽きない。

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