『山は動かざれども、海は常に動けり。 動かざるのは眠の如く、死の如し。しかも海は動けり。 常に動けり。これ不断の覚醒なり。不朽の自由なり。』


山は動かざれども、海は常に動けり。 動かざるのは眠の如く、死の如し。しかも海は動けり。 常に動けり。これ不断の覚醒なり。不朽の自由なり。
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  1. 恥ずかしいけど理解不能。
  2. 山は動かないけど海は動く?。
  3. 昔の田舎の文系の青二才が何を言うのだ。まあ、時代が時代だからクレームするのもお門違い。
  4. 岩は動いて見えないが波は動いているからね。液体は形を自由に変えられて良いね。人間も液体のように自由でありたいという願望なんだろうか。
  5. 金も力も無い。欲望を満たすに相応しい能力も無い。誰もが心に思うことかもしれない。
  6. たかだかこれだけのことだったら啄木は随分面倒臭い男だな。

  • 実は山も岩も常に動いている。それも海の動きよりもっと激しく。宇宙から地球を眺めれば、海などは地球の表面に居候している一時の客人。やがては宇宙に飛び散る。究極の自由を手に入れるかな。
  • 山と海が一緒に居てこその地球だ。ご都合で切り取っての勝手な評価の詰まらないことこの上なし🦆。

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 誰かに解説してもらった。保守VS革新みたいな。やはり詰まらない。自由って何?。自由でないやつが自由を口にする。

これからは自由だ。何をやってもいいんだ。で、お前は何するの?と聞かれると答えが返ってこない。自由と言ってる奴に限って、内面は思考停止状態。自由の中身が作れていない。

石川啄木は名前だけは知っているが中身は知らない。自由と言っていたのに、結局は文学の方に走るしかなかったのは、挫折絶望があったのだろうか?。それとも、政治以前に心の問題だと。だから文学に走る必要があったと。

PS:

啄木の言葉って、自分に言い聞かせる言葉が多いような気がしてきた。他人に訴えていると思うと引っ掛かりが出てくるかもしれないが、自分で自分を励ます、慰める、その手の言葉なら理解できそうだ。まあ、一種のナルシストかも知れないけど。

自分向けのその言葉にちゃちを入れるのは的外れと言うことだね。 

彼の精神の頑張り。短命に終わる肉体。これは一体のものとして理解するのが多分正しい。自由を叫ぶ前に健康を手に入れろ!。どこまで不器用に生きるのか。26歳?。短命すぎる。

「心のビタミン」はCheck*Padモーニングサービスの一部を収録しています。チェックパッドがどこから収録しているかは分かりません。ぱらぱら眺めるだけで気分転換になります。⇒(追記)現在はそのようなサービスは終了したのでしょうか見当たりません。

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名言 格言 一言
Mental Vitamin 心のビタミン
kotobanokokoro

☆☆☆

心のビタミンは子供の自由教材として見てもなかなか面白い。もちろん、ビジネスマン(ビジネスウーマン)の研修教材として見ても十分。年代・世代を超えて訴えてくるメッセージをそれぞれどう受け止めるか、その時の心模様~時代背景が微妙に反映されて興味は尽きない。

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